正常圧水頭症は高齢者に生じる慢性の水頭症(脳の中の髄液が増加する病気)であり、認知機能障害や歩行障害、排尿障害といった症状がおこります。
高齢人口の約1%に生じると報告されており、決して稀な疾患ではありません。
一方で、正常圧水頭症の診療に専門性高く取り組んでいる脳神経外科施設はそう多くはありません。
私たちは正常圧水頭症を正確に診断し治療方針を提案するために、同疾患についてだけでなくアルツハイマー病などの変性認知症についても幅広い知識をもって診療にあたっています。
正常圧水頭症は、正確な診断と適切な治療を受けることにより劇的に症状が改善します。
高齢を理由に日常生活の質をあきらめる前に、一度ご相談いただけたら幸いです。
他院でシャント手術を受けた方もご相談ください
正常圧水頭症の治療はシャント手術を受けても終わりではありません。
症状や日常生活の状況に合わせて適切なシャント圧設定を行い、頭部CTやMRIを撮影して脳に異常がないことを定期的に確認する必要があります。
これらの目的で、私の外来ではシャント術を受けた患者様には半年に一回のペースで来院いただくようにしております。
他の病院で既に手術を受けられた患者様で、転居などの理由から手術を受けた病院への通院が途絶えている方なども積極的に受け入れております。
前医からの紹介状を持参いただく方が望ましいですが、むつかしければ直接受診いただいても結構です。
患者と家族の体験談|高齢者の水頭症 iNPH.jp
水頭症に関するQ&A
Q. 特発性正常圧水頭症とは?
正常圧水頭症は髄液が脳室(脳の中心部で髄液がたまっている空間)やくも膜下腔(脳や中枢神経の表面にある空間)にたまっていて、歩きにくさや思考スピードが遅くなるなどの症状が出る病気です。
そして、シャント手術と呼ばれる髄液の抜け道をつくる治療により症状を改善することが特徴です。
また、正常圧水頭症の中ではっきりとした原因がなく発症したものを、特に特発性(とくはつせい)正常圧水頭症と呼びます。
Q. 症状はどのようなものがありますか?
正常圧水頭症にかかると患者様は歩きにくくなったり、考える速さが遅くなったり、尿漏れが起こりやすくなります。
これらの症状はそれぞれ障害、認知障害、排尿障害と呼ばれ、正常圧水頭症の三徴(さんちょう:3つの症状)として診断の重要なポイントとなります。
ただし、これらの症状があるからと言って必ずしも正常圧水頭症をわずらっているとは限りません。
なぜならば、正常圧水頭症の患者様の多くは70歳以上であり、ご高齢の患者様は水頭症に限らず、しばしばよく似た症状に悩まされているからです。
したがって、症状から他の疾患と正常圧水頭症を区別するためには慎重な診察が必要です。
正常圧水頭症における典型的な歩行障害は、両足を広げて歩き(broad-based gait)、歩幅が小さくちょこちょこと歩く(small-step gait)ようになり、方向転換にも時間がかかるようになります。
また、正常圧水頭症における認知障害は記憶障害(物忘れ)よりも精神運動速度(考えるスピード)の低下を特徴とします。
つまり「同じ話を何回もする」や「間違った返事をしてしまう」ではなく、「正しい返事ができるが時間がかかる」という症状になる傾向があります。
また、正常圧水頭症の患者様もこれらの症状を3つともすべて持っているとは限りません。
日本で行われた特発性正常圧水頭症に対する多施設研究SINPHONIによる報告によると、症状の出現頻度について、3つの症状のすべてがそろっているのは約半分の51%であったといいます。
つまり、症状の1つや2つだけしか当てはまらないために、注意深く診察しなければ病気が見逃されてしまう恐れもあります。
Q. 脳室拡大といわれましたが水頭症ですか?
必ずしも脳室が拡大しているからといって正常圧水頭症ではありません。
脳室は脳の中にあるスペースで、髄液が満たされています。
水頭症では脳室内の髄液が増加しているため、頭部MRIや頭部CTによる脳画像で脳室が拡大して観察されることは確かですが、脳室の拡大だけでは水頭症といえません。
なぜならば正常の方でも高齢になると脳室は拡大する傾向にあり、さらに水頭症ではない神経変性疾患をもっている方でも脳室は大きくなります(1)。
これは、脳室が脳の中心部に位置するので脳室の周りの脳が萎縮すると結果として脳室が拡大してしまうからです。
したがって正常圧水頭症の画像診断では、脳室の拡大が水頭症によるものか、加齢の変化によるものか、または他の疾患が隠れていないかなどを見分ける必要があります。
さらに高齢者の水頭症の診断を難しくしているのは、正常圧水頭症にアルツハイマー型認知症などの他の神経変性疾患が同時に起きている場合がよくあるからです(2)。
これらが十分に評価されずに手術を受けると、期待されたほどに症状が良くならいことがあるので注意が必要です。
実際の水頭症の画像診断は脳室だけではなく脳萎縮など脳あらゆる部位の変形を観察し、他の似た症状をおこす神経疾患が隠れていないかも留意しながら行います。
Q. 診断から手術、術後治療の流れは?
私たちの診断から手術、術後の流れは以下のように行っています。
すでに他院で様々な検査を受けている場合は部分的に省略する場合もあります。
- ①外来受診(1~3回): 神経診察およびMRI撮影を行い、水頭症か?手術を受けたほうがよいか?などおおよそ予測される診断と治療をお話ししています。他院で治療を受ける予定の方にも意見をお伝えします。
- ②検査入院(4~5日間+7日目に外来評価): 入院の初日に髄液を抜くtap testを行い、その後の反応を繰り返し評価します。頸椎や腰椎のMRIなど水頭症の症状や治療方針に関連するあらゆる検査を入院中に行います。
- ③外来結果説明: 検査入院で得られた多くのデータをもとに、手術を受けると生活がよくなるか?LPシャントとVPシャントではどちらが適しているか?他の治療法がないか?など、一人ずつにあった治療方針を提案します。
- ④手術入院(10日程度): 手術の希望があればシャント手術を行います。手術前日に入院し、全身麻酔で1時間程度の手術を受けていただき、通常は術後1~2週間で退院となります。入院中は歩行訓練などのリハビリを受けていただきます。
- ⑤外来通院の継続: 1回目は手術入院から退院後1か月、2回目はその3か月後、3回目以降は半年ごとと間を広げながら外来通院を継続していただきます。定期的に異常の確認と、適切なシャント圧の設定が必要です。
Q. かならず手術が必要でしょうか?
正常圧水頭症は直接生命にかかわる病気とは考えられていないので、命を助けるという意味では必ずしも手術は必要ではありません。
しかし、症状を改善することで生活の質をよくしようと考えるならば手術を受けてもよいでしょう。
患者様やその家族から「頭の中に水(髄液)がたまり続けているならば早く手術しなければ命が危険ではないか?」と聞かれることがしばしばあります。
しかし、髄液は常に生産と吸収が行われながら入れ替わりつづけていて、頭の中にたまり続けている訳ではありません。
したがって、”正常圧”水頭症と名前がついているように、頭蓋内圧(頭の中の圧力)が上がってしまい生命の危険を及ぼすことはありません。
ですので、手術の真の目的は救命ではなく、歩行障害や認知障害、排尿障害などという生活に差し障る症状を改善することにあります。
頭のMRIや、タップテスト(髄液を一時的に抜いて反応をみる)で症状の改善が期待できるならば手術を受けることが一つの選択肢になると考えます。
Q. 手術したら治りますか?
シャント手術によって正常圧水頭症の治療が行われておりますが、これは症状を改善することを目標とする対症療法であって、この病気を根治できるわけではありません。
ここで、解説が必要となる点は「シャント手術による症状改善の可能性はどの程度か?」「症状改善はどの程度か?」「効果はずっとつづくのか?」の3点が挙げられると考えます。
「シャント手術による症状改善の可能性はどの程度か?」
2010年に報告された日本の多施設研究SINPHONIの結果によると手術により症状が改善した人は全体の80%、手術の一年後も症状の改善が持続していた人が全体の69%でした(3)、これは手術による症状改善の可能性を説明するのに参考にしやすいデータの一つです。
世界中で様々な改善率が報告されていますが、どのような患者様を手術したかや、何をもって改善とするのかなどにより大きくデータが変わってしまうので、単純に比較することはできません。
また、前述の数字を患者様個人にあてはめて考える場合も同じで、併せてもっている持病や、手術後の目的などが一人ひとり違うため、それぞれに検討をする必要があります。
「症状改善はどの程度か?」
予測することは極めて困難であるといえます。
多くの医師が様々な方法や尺度をもって手術後の状態を予測しようと試みていますが、いまだ正確に症状改善の程度を予測できているとは言えません。
再度SINPHONI研究の報告から引用すると、手術から一年後に約40%の人がmRSという障害の程度を5段階で表す指標で1段階の改善が認められています。
これは一人で行けなかった買い物に行けるようになったり、着替えなど身の回りのことが自分で出来なくなっていた方ができるようになったりという程度の改善です。
さらに劇的に改善した人も30%以上いた一方で25%程度の方は症状に変化がなく、またごく一部に悪化してしまっている患者様もいらっしゃいます。
これは併せ持っている認知症などの病気や、腰痛やひざの痛みからの歩行障害なども影響し、患者様ごとに経過が異なってくるためです。
よって、私たちはタップテスト(一時的な髄液の抜き取りによる検査)の結果と全身の状態を参考にしながら説明しています。
「効果はずっとつづくのか?」
前述のようにSINPHONI研究のデータ では、症状が1年後に改善していた患者様は手術を受けた患者様全体の69%でした。
つづいて行われたSINPHONI-2研究では診断をうけてすぐに手術を受けた患者様45人の中で1年後に症状が良くなっていたのは32人で67%となっています(4)。
これらはすなわち、3割程度の患者様は1年後の時点で客観的に指摘できるほどよくなっていないか、逆に悪くなっていることを意味します。
手術を受けて一度症状が大きく改善することができたとしても、特にご高齢の患者様では関節の痛みや筋力の低下など他の原因からも症状が再度悪化してしまうことがあります。
したがって、手術を受けた後も通院していただき、適切な治療と生活管理を継続していく必要があります。
Q. 手術を受けるなら急ぎますか?
特発性正常圧水頭症と診断を受けた場合も、多くの場合はゆっくり手術を受けるかどうか検討する時間はあると考えます。
SINPHONI-2研究では、診断を受けてすぐに手術を受けた患者様と3か月たってから手術を受けた患者様では1年後の改善状態で差がありませんでした。
この報告によると、数か月手術を遅らせても効果に大きな差はないのかもしれません(4)。
ただし、症状がつよく、特に歩行障害が重度になると手術の効果が少なくなってしまうことも分かっています(5)。
歩くことができなくなって、足の筋肉まで萎縮してしまってからでは、手術を受けてもまた改善が少なかったり、遅れたりするからと考えられます。
よって、特発性正常圧水頭症と診断されたからといって、ただちに手術をうける必要ありませんが、歩きにくさなどの症状が進行する前に手術を受けたほうが症状の改善は得やすいでしょう。
Q. 手術はどのように行われますか?
水頭症を治療するには短絡術またはシャント術と呼ばれる、髄液が持続して流れる道を作る手術を行う必要があります。
これは脳室(脳の中心部の髄液がたまっている空間)やくも膜下腔(脳や中枢神経の表面で髄液がたまっている空間)から、腹腔(腹部)や静脈の中などの髄液を捨てても問題がない場所まで、皮膚の下に直径2mm程度のチューブを植え込む手術です。
多くの病院は全身麻酔でこの手術を行っており、手術時間は30分から1時間程度です。
術式(手術の方法)はチューブを植え込む位置によって分類されており、主に下記の3つの手術法が行われています。
- 脳室・腹腔短絡術(ventriculo-peritoneal shunt; VPシャント術):チューブは頭から腹部までの皮膚の下を通ります。通常、切開する位置は頭部に1~2か所と腹部に1か所、その間に0~2か所と、それぞれ数cmの小切開が必要です。
- 腰部くも膜下腔・腹腔短絡術(lumbo-peritoneal shunt; LPシャント術): チューブは腰から腹部までの皮膚の下を通ります。通常の切開位置は腰正中部に1か所と腹部に1か所、その間に0~1所となります。
- 脳室・心房短絡術(ventriculo-arterial shunt; VAシャント術): チューブは頭から頸部までの皮膚の下を通り、静脈の中に入って胸部に留置されます。切開位置は頭部に1~2か所と頸部に1か所となります。
Q. 手術の方法(術式)はどのように選択されますか?
前述の3つのシャント術の間では、その治療効果や手術の危険性に大きな差はないとされています(6, 7)。
また、それぞれの方法の間に長所も短所もあります。
よって、どの方法で手術を行うかは個々の患者様の状態や執刀医の経験などから、安全性を考慮して決定されます。
特にLPシャント術は腰部脊柱管狭窄症など腰椎に疾患を抱えた患者様には、術後に腰痛や歩行障害などの症状が出現してしまうので注意が必要です。
Q. どのようなチューブを体に植え込みますか?
手術では髄液の抜け道となるシリコン製のチューブ(カテーテル)を植え込みます。
このカテーテルは太さが約2mmで、一部に圧可変バルブと呼ばれる髄液が流れる量を変更できる部品が取り付けられています。
この圧可変バルブを体外から専用の機械で調整することにより、手術の後も病気の状態に合わせて髄液がチューブ内を流れる量を調節することができます。
他にアンチサイフォンデバイスと呼ばれる髄液の流れすぎを予防するための安全装置が組み込まれることもあります。
これらのカテーテルや圧可変バルブなどは皮膚の下に植え込むため体の外からチューブが直接見えることはなく、また、体の外に髄液が排出されるわけではありません。
圧可変バルブやアンチサイフォンデバイスは精密機械ですが、基本的にはMRIの撮影により故障することはありません。
ただし、圧可変バルブの機種によってはMRIの磁力により圧の設定が変わってしまう場合があり、MRIの撮影後に圧をもとの設定に戻す必要があります。
Q. 手術は危険でしょうか?
手術としては脳神経外科手術の中で小規模な手術です。
しかし、人工のチューブを体内に植え込むことや、患者様の多くが高齢であることなどから、合併症に注意が必要です。
シャント術の主な合併症は軽いものから重いものまで下記のようなものがあげられ、場合によっては再手術が必要になることもあります。
一過性で容易に改善される合併症
・立ち上がった時の頭痛: 髄液の排出量が多い場合におこる
・少量の頭蓋内出血
再手術が必要な合併症
・頭蓋内出血: VPシャント手術によるものと、髄液の過剰排出で起きるものがある
・腰痛、足の痛み: LPシャント術で起こりうる、症状が強ければ再手術となる場合もある
・感染:植え込んだチューブを抜去し、抗生剤を用いて治療する必要がある
・腸管損傷
・チューブの断裂や目的外の位置への迷入
わが国の多施設研究のデータ(SINPHONI研究、SINPHONI-2研究)からは、特発性正常圧水頭症におけるVPシャント術とLPシャント術のそれぞれの合併症率は次のようになっています。
VPシャント術を受けた100人のうち、起立時の頭痛: 8人(8%)、頭蓋内出血1人(1%)、腸管損傷: 1人(1%)、チューブの閉塞: 1人(1%)、が生じています(3)。
LPシャントを受けた87人のうち起立性の頭痛: 21人(24.1%)、チューブの断裂や迷入: 計6人(6.8%)、感染: 1人(1.1%)、手術が必要な慢性硬膜下血腫(頭蓋内出血の一つ): 3人(3.4%)に起きています(4)。
私の経験では、2011年から2020年までの間VP、LP、VAシャントすべて合わせて131人の患者様に手術を行い、5人(3.8%)に感染があり、1人(0.8%)に手術が必要な頭蓋内出血が起きました。
46人のLPシャント術を受けた患者様の3人(6.7%)に足の痛みから再シャント手術が必要となり、2人(1.5%)にチューブの断裂などのトラブルからシャントチューブの修復術が必要となりました。
ただし、私のデータには特発性正常圧水頭症以外の水頭症の患者様や他院で手術されたのちに、私のもとで再手術となった患者様も含まれており単純に比較はできませんが、参考に記しておきます。
このように、手術が100%安全とはいえないために、手術によって得られるであろう利益と手術のリスクを比較して手術の適応を慎重に検討し、患者様や家族の希望をよく聞く必要があると考えています。
Q. 手術以外の治療法はありますか?
正常圧水頭症への治療効果が証明されている薬やリハビリテーションなどはありません。
しかし、患者様の多くがご高齢であることから、特発性正常圧水頭症に加えてアルツハイマー型認知症やパーキンソン病といった他の病気を合わせて持っている方も多くいらっしゃいます。
そのような患者様には、まず併存している病気に対する治療を行うことで日常生活を改善することができることもあります。
また、主に筋力が落ちていることにより歩けなくなっている場合にはリハビリテーションもすすめられます。
Q. 手術後の治療は?
手術後も外来通院を続ける必要があります。
私の外来では経過が順調であっても手術の1か月後、3か月後、それから6か月後ごとに来院していただいています。
手術により植え込まれたカテーテル(チューブ)は定期的に、詰まったり壊れたりしていないか確認し、髄液を抜く量が適切に設定できているか確かめる必要があります。
髄液は抜く量が少ないと治療効果が得られませんし、抜きすぎると頭痛や頭蓋内出血を起こすことがあり危険です。
カテーテルにより抜ける髄液量は、生活の仕方や体格の変化によって変動します。
したがって、より日常生活の質を高めるためには、定期的に頭部CTや頭部MRIを撮影して頭の中に異常がないかを確認するとともに、生活や症状の変化など伺って、髄液が流れる適切な量を決めていく必要があります。